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向上館大木先生が担当する高校2年生の小論文授業。
距離という題目で600字で書く。
塾生に単に課題として課するだけでなく
自身も書いてみる。
教師としてこれは大切なこと。
こういった先生が傍にいる塾舎。
強い塾だと思う。

以下に紹介します。

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問 「距離」という言葉から思い描くことについて、自由に論じなさい。

「隔たり」。
地理的にも心理的にも、「距離」とは遠く隔てられたその道程を呼ぶ。
東京から大阪までの距離。彼我の心の距離。阻むものや埋め難い溝。
遠く届かない切なさ。距離の一語は、困難や悲しみと結び付きやすい。

「繋がり」。
二者間に距離が存在するとき、隔てられたそれらは決して断絶されてはいない。
別次元の存在ではなく、どれほど遠くとも結ばれており、
辿り着く可能性があるからこそ距離を定義できる。
二者を隔てる距離は、それらが繋がっていることの証でもある。

かくして「距離」は両義性を持つ。
距離が隔たりと繋がり、試練と成就の背中合わせであるのなら、
その遠大な道程を前に、私たちはいかに立つべきか。

何かを成し遂げられぬ理由として、距離は実にもっともらしい。
遠くて無理、差が大き過ぎて無理――
遥か遠くとも確かに結ばれている道を、自ら寸断する考え方だ。
そうして距離を嘆きの源泉とすることは容易かろう。

しかし私たちは距離を希望の種とし、奮い立つべきではないか。
茨の道かも知れぬ、だが決して鎖されてはいない。
隔たりを埋めるのは己の想いや執念の強さであり、
いつか辿り着くまで歩み続ける、その直向きな努力である。
冷酷な隔たりは望みへの繋がりであると、そう腹を括り歩み出した者にとって、
距離の遠さはそのまま信念の強さとなろう。

あまりの距離に目眩く。私たちはそんなとき、己の心の強度を測られているに違いない。

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これを読んだ熊さんが先ほどメールを送ってきた。
「これは僕と上野先生のことですよ」って。

熊さん、ありがとう。
私はあなたとどんなに遠く離れていても
同じ天空で繋がっていると思っている。
距離はあってもそれは実測であり、
心のものさしで測れば熊さんと私はいつも隣にいるよ。

さぁ、今日も頑張るよ!

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